新生活

禁煙と仕事は最低1ヶ月続けてからまわりに言った方がいいのかもしれませんが、報告。長年いたビデオ屋のバイトから深夜の倉庫作業員にジョブチェンジしました。今日の夜をもって6年以上お世話になった場所を離れます。にしても6年て。小学生が中学生、中学生が大学生になってる年月もいたとは。


twitterではもう言ったので、知ってる方も多数いるかと思いますが。そういえばあの時は多くの方からお祝いの言葉をもらいましてTLがちょっとしたエヴァ最終話だったところがありがたいながらもなんかすっきりしないこともない。


仕事内容の方ですが、倉庫内作業という割に仕事は楽です。倉庫の棚にあるものをスーパーで見かけるカートのような台車にドンドン放り込んでいくだけの部署ですし。
大手だけあって休憩時間もきっちりくれますし。
立ちっぱなし・歩きっぱなしで足痛くなるのもいいリハビリかもしれませんし。
昼夜逆転した生活も馴れればそれまでですし。
行き帰りの自転車で片道30分の道のりだけは少々きつかったのですが、たまたま知り合いが出来て、車で送ってくれることになりましたし。(なんとビデオ屋時代のお客さん。)


今の所何ら問題ない、問題は無いのです、が。


一方で、どうしようもなく仕事行きたくない気持ちがある。休日である土日がループして月曜日なんか来てほしくない気持ちがある。みんなそうだよ、って優しく諭す奴の訳知り顔を殴りたいほどに。うっさい馬鹿!バーカ!バーカ!バーカ!使いつぶされて消しゴムのように無くなってしまえ!


私は自分の生活の必要性とちょっとした彩りのためにお金を稼ぐつもりでいた。だが働いてみると、働くための自分を回復している面が資金・時間ともに大半であることに気付き、働く自分を再生産するために働いているような錯覚に陥ってしまう。金銭取引をすべて時給に換算してゴウリテキ・コーリツテキに妥当なものを選ぼうとしてしまう。何かして楽しんでいても仕事に差し支えないようにそれを辞める時間を前もって決めてしまう。


今日の糧ために働く、ということが正常なのか異常なのか。労働の対価が私個人にだけ還元されるのでなく、社会貢献や家族扶養といった社会化がされればもう少し変わってくるのでしょうか。無駄に考え過ぎて、いや無駄にこじつけてしまってます。


この問題を解決するのが先か、週に5日も働きたくないという一念でそげぶ(※その現実をぶち壊すの意)してしまうのが先か、乞うご期待といったところですね。