歯医者で親知らず抜いた話

「今日の所は帰っていただいても結構なのですよ。」
男の口調はあくまでやさしげだった。


だがそんな選択などないことは自分にはわかりきっていた。
夜毎に訪れる疼きは日を追うごとに高まりを見せている。今は我慢できていてもこのまま放置すればやがて人前でもこらえきれない日が来る。そう感じたからこそこの場所へと来たのだった。こうなったのも自分の招いたことだと泣きたい思いに駆られながら、
「続けて、ください」
弱々しくそう呟くほかなかった。


「ではまず周りををきれいにすることから始めましょう、今後のためにも。」
男がそう告げると後ろに控えていた女が進み出て何かの準備を始めたが、すぐにタオルで目の前を覆われそこから先は何をしているのか見えなくなった。
「中が見えるように大きく自分で開いてください。」
そう言うと女はグロテスクな音を立てる器具を自分の体内に突き入れた。
「もっと大きく開けないと中がよく見えないじゃないですか。」
そう言われるが自分の体内を他者にゆだねている上に、先程汚れた腔内(クウナイ)の写真を撮られていやと言うほど見せられたのだ。恐怖心と羞恥心でどうしても体がすくむ。


「何かあれば声を出すか手を挙げてください。」
事前にそうも言われていたが、薄いカーテンの向こうには顔も知らない他人が控えているのだ。あられもない声を上げることなど自制心が許さない。しかし時折不意に訪れる刺激に反射的に体がびくりと大きく動くことをどうしても抑えられない。それが細かに伝わる相手はさぞや自分を軽侮しているだろうことを思うと顔から火が出る思いだった。加えてどうしてこんなにもと驚くほど自分の体内から溢れてくる汚液が、気を抜くと開いた穴の淵からこぼれそうになる。繰り返す刺激と自分の体への自制とで女の作業が終わるころには寝台の上でぐったりとなっていた。


「ではいよいよ本番としましょう。大丈夫先程の注射で痛みはありません。」
隣の個室で私と同じような哀れな人間の処置をしていたのであろう最初の男が現れ告げると、ひと際大きな器具が体内に侵入してきた。確かに痛みは無い、痛みは無いが言い知れぬ異物感とこれから起こることへの恐怖で麻痺しかけていた感覚が不幸にも戻ってくる。そうすると男が力を込めるたびに体内の違和感と共に問題の個所が奇妙な音を立てているのが分かった。


「フフッ、なかなか頑固ですね。」
そう言いながらも男の口調には余裕があった。そして終わりが着実に近付いていることは自分にもわかっていた。時々器具を変えては男が丁寧に問題の個所を攻め続ける。その頃にはたび重なる恐怖と自分が変わっていく不安感から自分もただ早くこの時間が終わってくれさえばいいと願うようになっていた。最後に男が器具の角度を変えて力を込めると、今までこらえていたものがあっさりと抜け落ち、開いた穴からはまた新たな体液が噴き出したのが分かった。


「今日はここまで。続きはまた今度にしましょう。」
男は最後にそう宣告したが、自分から永久に何かが失われた無力感に支配された私にはその絶望的な言葉も虚ろにしか聞こえなかった。



というわけで左上親知らず抜いて来ましたが、続けて右上、病院変えて両下のも抜くことになりそうです。